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野馬追文庫(南相馬への支援)三

山内薫(墨田区立あずま図書館)

その後の状況

 九月の末には仮設住宅がさらに六カ所増えて、一八カ所から二四カ所になった。(ホームページによると一〇月二〇日時点で、南相馬市内に二五カ所、相馬市内に三カ所となっている)また、九月三〇日には緊急時避難準備区域が解除された。南相馬市の緊急時避難準備区域は原町区のほぼ全域と鹿島区の一部を含んだ市域全体の三分の一を占め、震災以前の緊急時避難準備区域内の居住人口はおよそ四六、七四四人(市全体の人口は七一、五五九人)だったが、避難のピーク時には七千人から八千人に減少したと推測されている。それが九月一二日現在で、二八、一二二人となった。(市内全体では四〇、一七二人)(以上は『緊急時避難準備区域解除に係る復旧計画』南相馬市、平成二三年九月作成による)その後、一二月一日現在では市内居住者は四二、八八四人、市外避難者が二三、〇八三人、その他死亡や転出、所在不明が五、五八九人で全域警戒区域の小高地区を除いた原町区と鹿島区に居住する人の総数は四三、五四八人となっている。総数が居住者数より多いのは他地域から南相馬市に転入してきた人を含むためである。(南相馬市のホームページより)

 Wさんによれば

「私の見込み(全くの個人的なものですが)では仮設住宅は五〇カ所ぐらいまで増えるかも知れないと思っております。南相馬市はいわき市とともに、市民に限らず、二葉・楢葉・大熊・浪江・飯館という他の町村から避難されている方も仮設住宅に受け入れてくれているようです。なんと懐の広い市なんでしょう。市の中心部が東京電力福島第一原子力発電所からおよそ二五キロという所で、自らが被災しているというのに。きっと福島県沿岸部のこころのふるさととして、繁栄して行くことでしょう。良い図書館があるところ、暖かい人々が暮らすところには必ず良いことが起きます。それは人間の歴史そのものなのだと思います。そのお手伝いができて、私は幸せです。」また「『男の料理教室』(仮設住宅に住む単身高齢の男性世帯が対象)で、七月の初回から参加されたある方は、今回の九月七日の会では顔が生き生きとし、食事作りにも積極的に参加して、食事もおいしそうに召し上がっていました。奥様や家を根こそぎ流された三月一一日のことを初めてお話しをされるという感動的な場に立ち会うことができました。」

 そして、今まで本の送付先だった保健師のOさんからも送付先変更の下記のようなメールがKさんに届いた。

「今回も、布絵本をお送りいただきまして重ねて感謝申し上げます。原町保健センターでも十一月十七日から三歳児健診を再開します。そのときに、遊びながら待つ時間があるので、うまく使わせていただければと、考えています。母子保健係のほうに渡ししたいと思います。

 さて、災害ボランテイアさんのおいでいただく状況等が変化してまいりました。従来、原町保健センターで朝ミーテイングを実施して活動に入っていただいていたのですが、それも十月末で終了しました。今後の、仮設住宅への支援については、社会福祉協議会の生活支援相談員さんが他のボランテイアの支援を受けたりしながら、一手に引き受けるような構図になっています。
 そこで、ご相談なのですが、わたしたちもコーデイネートはさせていただきますが、実働としては生活支援相談室が中心になります。なので、今後の、絵本の送付については、主任生活支援相談員のR氏にお願いできればと思うのですが、いかがでしょうか。

 今までも、生活支援相談員さんたちに絵本にテプラで仮設名称を入れていただいたり、何回か配本のお願いなどしておりました。」

「少しずつ、仮設住宅への支援形態も変わってきつつあります。また、各仮設集会所のサロンも絵本を始め、大人向けの小説などもおかれ始まっているようです。本日は午前中にある仮設の集会所でヨガがあると聞いて、職場の同僚といってみましたが、すっかり集会所は素敵になっていて、外のベンチ等に集っておしゃべりしている姿などもあり、少しずつ落ち着きを取り戻している方のいることも、実感してきました。そうは言ってもすべての仮設集会所がこのように整っているわけではないのですが。
 今後、寒さに向けての対策、インフルエンザ等の予防のことなどもあります。ひとつずつ、クリアしていきたいです。サロンに、栄養士や歯科衛生士なども講話に出向いています。来週あたりから、足腰元気に・・・を目指して、健康運動普及にOTや保健師、健康運動普及元気もりもりもりあげ隊が出向いていく予定です。普及するのは『波乗り体操』です。この体操は実は昨年九月ごろ出来上がっていて、本年度には普及することで進められていたものでした。時期遅れになりながらも、少しずつすすんでいます。
 絵本の送付先について、どうぞ、ご検討よろしくお願いいたします。」

 その後の経緯についてのWさんからの報告。

「私が訪れた五月から原町保健センターは、避難所や借り上げ住宅、仮設住宅に住まわれている被災に遭われた方々の命と健康と福祉を守る前線司令部としての役割をはたしていたように思います。はじめは薬局が開いていない中で患者さんに薬を届けるという活動もされたと聞きました。そこには市の保健師の方々を始め、保健と医療にたずさわる市の職員の方や、市の社会福祉協議会やその他の民間社会福祉施設の人々、市内の人権擁護委員などの三月十一日以前からの組織されたボランティアの方たちが集まり、それに他県からボランティアとして派遣された医師や看護師、保健師、精神保健福祉士なども寄り集まって、毎朝会議をおこない、昨日の報告と今日の動きを確認しあって、その日のそれぞれの持ち場に着くということを繰り返して来ていました。
 しかし、その活動は十一月から大きく変わりました。それは私が思うに、市内に住む市民の方が四万人を超え、被災され続けている方々に対応する仕事にプラスして、従来の業務をも行政がはたさなければならないことに対する動きだと思います。避難所は十月末で最後に残る二カ所が閉鎖されました。仮設住宅は自治会という自治組織が機能を始め、それを助ける組織が社会福祉協議会の生活支援相談員(八月一日から配置されました)の方々に移ってきました。七月から仮設住宅集会所でのグループワークの主体としておこなって来たケアーワカーの人たち(市の社会福祉協議会の職員の方たちです)は十月から本来の高齢者のディケアー施設や在宅介護の仕事に着かれました。被害が大きいかった小高病院(小高区は警戒区域で立ち入ることができません)の看護師さんが原町保健センター付けで九月一日に配置されましたが、十月末で、市立総合病院に異動されました。このように毎月行くごとに大きく変化し続けて来た南相馬市で、原町保健センターのはたす役割が変わったのでした。十一月からは毎日おこなって来た会議は原町保健センターではおこなわれなくなりました。そのことをOさんは言われたのだと思います。原町保健センターは一部の例外的な活動をのぞき、四万人を超える市民全体に対する仕事をおこなうことになったのです。
 十一月からは鹿島区の社会福祉協議会の中にある生活支援相談員室が仮設住宅に関係する様々な活動の拠点となりました。生活支援相談員の方たちとは八月から各仮設住宅集会所のグループワークをご一緒させていただきました。手に余るようないろいろな困難に立ち向かわれている方々です。そこを統括されているRさんは私が専門職ボランティアとして初めて会議に出させてもらった当初からOさんに紹介を受けた方です。すばらしい強靭な意思をお持ちの方です。私は信頼を申し上げていますし、Oさんとも連絡を密に取っておいでの方です。山内さんのパンフレットも読んでくれていますし、私たちの思いをきっと主体的に理解されていると思います。
Rさんは小高区社会福祉協議会の所長さんでありました。そして、避難命令が出て以降、小高区社会福祉協議会の職員の方を率い、また、ケアーワーカーの方々を率い、現在、生活支援相談員の人たちを率いている方です。足繁く避難所や仮設住宅を訪ねて住民の方々を励ましている姿を目にしました。ざっくばらんで非常にリーダーシップのある方です。とりあえず今日はここまでをお送りします。これまで以上に『野馬追文庫』の果たす役割が大きくなるのではないかというのが、私の中心的な思いです。」

野馬追文庫

 さて、新たに開設された六カ所には他の仮設住宅の集会所と同じように一〇冊プラス九月に送った三冊の計一三冊ずつの本が送られた。また、十月分として、紙芝居が品切れで入手できなかったために絵本の『注文の多い料理店』(宮沢賢治原作・スズキコージ絵、ミキハウス)と『落語絵本じゅげむ』(川端誠著、クレヨンハウス)が送られた。乳幼児がいることが分かった五カ所には合わせて布の絵本も送られた。宮沢賢治の作品では、畑中純の『木版画 どんぐりと山猫』(筑摩書房)をWさんが推薦したが、こちらも残念ながら品切れで入手できず、『注文の多い料理店』の数ある絵本の中からスズキコージの絵本を選んだのだった。

 一〇月に何を送るかという問いに対する私の次のようなメールを巡って、何を送るかという話題が持ち上がった。

「川端誠の落語絵本でどれか一冊でどうかなと思っています。親と子ということでは『じゅげむ』か『はつてんじん』、季節としては『めぐろのさんま』あとは『まんじゅうこわい』あたりでしょうか?絵本では、個人的には『こすずめのぼうけん』(ルース・エインズワース作、堀内 誠一絵、石井 桃子訳、福音館書店)などどうかなと思います。まだ一ヶ月ありますから、幼年童話も考えてみます。」

Kさんからの返答

「『こすずめのぼうけん』なつかしいです。ああ、そうだこんな絵本、あったなと。人の育ちにとって普遍的ですが、根本のテーマがありますね。よい絵本だと思います。この絵本に関連して、ぜひご意見をお聞きしたいことがあります。震災直後、ワーと被災地の子どもたちに本を届ける動きが起きたとき、選書をするかしないかという二つの動きがありました。どんな本もいいという考えもありました。私たちは避けたほうがいい本、、津波や地震、今回の『あひるのおうさま』(堀尾青史脚本、田島征三絵、童心社)のような洪水、人が亡くなること、恐怖体験などは抜いてきました。このことは割りと反対する声は少なかったように思います。私の中ではもう一つ、幼い子どもたちの絵本にとても多い親子、特に母子テーマ、お母さんの胸に抱かれる、家族みんなそろって幸せ、それが大事みたいな本もちょっとつらいものがあって初めのころはとくに抜きました。今回の震災で、私の心に残った大きな衝撃として、もう二度とお母さんやお父さんに抱いてもらえない子どもたち、自分の腕にわが子を二度と抱きしめられないお母さんたちの姿が、私には余りに大きなショックで私自身がそういう本がつらくて見れなかった。でも、お父さんの思い出お母さんの思い出として、そういう本もいいのではという積極的な声も当時からありました。今半年たって、どうなのか、私自身の中で、まだよくわかりません。一〇月選書分にあたり、山内さん、Wさんのご意見を是非この際伺えたら幸いです。南相馬に沿ってのご意見でかまいません。よろしくお願いします。」

それに対する私のメール。

「『こすずめのぼうけん』は、もう何度も子どもたちに読んだ本です。この絵本の後半で、遠くにお母さんの影が見え、こすずめはお母さんと対面して巣に戻って眠りますが、安心しきって眠りにつくつばさは必ずしもお母さんである必要はない普遍的なものを表していると思います。優れた物語の力は現実の情況を超越すると思います。確かに今回の南相馬の仮設住宅への絵本や紙芝居の送付は周囲の者が読んであげることを前提に考えていますので、複数の子どもや母親などが同時に聴くことを想定して選んでいます。そうした場で先日話題になった『おふろだいすき』などはふさわしくないかもしれませんが、もし仮設住宅の中でお母さんと子どもが二人で読み合うのであればこの本も否定すべき本ではないと考えます。Wさんも言っていますが、この情況にふさわしい一〇〇冊の本を選ぶという意味では『おふろだいすき』は選ばないでしょう。一〇〇〇冊だったらあっても良いかなと思いますが、それは南相馬図書館に行けばよいことですね。今後、送った本がどんな風に読まれたかを検証しながら次の本を選んでいくという作業はワクワクしますね。はじめから一〇〇冊を選定するのは無理だと思います。私としては昔話や落語絵本を通して、お年寄りや大人が自主的に子どもに本を読んであげるという状況が生まれればと期待しています。」

 そこで、今回の毎月二~三冊を継続して送り続けるという支援のあり方についてWさんの意見は以下のようなものだ。

「Oさんと話したのですが、一〇〇冊の本の基本的位置づけについてです。私はもとから、仮設住宅に住む子とその親や祖父母の方のものと思い定めていましたし、Oさんもそう思っていたのです。しかし、新しい本が送られてくると大切にしたいというのも人情で、みんなの本とか、図書館の本と同じという感じをいだく人もいます。ですので、「極論ですが、寒くなって、子どものためにたき火につかってくれてもいいという本なのです」と言いました。「気に入ったら、自分の住宅に持っていっても、一年でも返さなくてもいいし、親子でふとんで見てくれてもいい。貸し出し簿も本当はつけてほしくなく(それは自治会の自由なのですが)、破ってもいいし、落書きもまた貴重な財産となるという本たちなのです」と、私のこの本たちにかける思いをお話しました。「図書館の本ではありません。ですから、自由にしていい本なのです」と。それにはOさんも、そう思っていたと言ってくれました。山内さん、Kさん それでいいのですよね。曝書もない、どこかに紛れ込んでなくなってもその責任は問わない。昔小学校の先生が自分の給料でクラスに備えていてくれた「学級文庫」の発想で。それで一人の人の命や人生が豊かになってくれれば、お金も努力も惜しくないと思えるので。これは個人的な私の思いですが。昔、一九七五年当時組合要求で、三千円以上の本も全て消耗品へと要求して実現した図書館の図書の位置づけはどこにいったのでしょう。盗難を恐れ、人に検知器をくぐらせることが児童室を含めて当たり前になってしまったのは中小図書館レポートの精神からすれば堕落してしまっているということなのですよね、山内さん。一冊一冊本を開け、切り取りがあるかを点検する図書館員って悲しいですよね。切り取られた本よりももっと悲しいと思います。葛飾の図書館が、離れているうちにそんな風に変わっているのを昨夜知りました。それではカウンターで感想を聞くなんていう業務はどこに行ったのでしょうか。「そう面白かった。では、つぎにこの本はどう」とか言って紹介するのも。少しのお金を惜しむために図書を大切にしようというこころそのものを、だから大きいお金を失うことになっていることに幹部は気付いていないのでしょうか。そんな幹部に給料を払うことが一番もったいないと思うのですが。これこのようにそのように、南相馬での出来事や会話が、葛飾の現状を照射する気がしてなりません。余談です。

 揺れ動くこころは、南相馬中央図書館の児童室で、その選ばれた絵本たちの前でも起きます。一〇〇冊を選ぶということは、大それたことをしているのではないかと。私の仮設住宅などでのボランティア経験からくる感覚をお話することが、その一〇〇冊を規定する大きな要素になっていることに不安を感じる訳です。でも、錯誤がないように心配するあまり、自己の判断を保留し、感じることと、考えることを他人まかせにしていては、実際何もなし得ないばかりか邪魔になるだけなのは南相馬で学びました。謙虚に傾聴し、物事を見つめ、こころをできるだけ穏やかにしてそれが命ずることを、最大限の思考力で用心深く考えそれをなす。結果はさまざまにゆだね、間違えたと思えば、謝罪をする。こう生きることしかできないし、こう生きることができれば悔いはないと思うのです。私たち(さまざまな方に支えられている)の活動は単に子どもの本を送るということではなく、子と子をとりまく親と祖父母などの方々にメッセージをこめた本を継続的に送ることで、見捨てはしないことを、命を、生きる希望を(口はばったいことですが)お届けしたいと願うものです。Kさんや山内さんがおっしゃられているように一〇〇冊は私たちがメッセージをこめてお送りするもの、各仮設住宅集会所が二〇〇冊の児童図書で、もっと多くの本で書架がいっぱいになっても、それはゆだねてゆくものだと思っております。」

 八月二四日に立川で話し合った際、今回の南相馬に子どもの本を送り続けるという活動に何か名称を付けたらどうかという話題になった。南相馬の方たちが最も大切にしている祭りである「野馬追」は東日本大震災で大きな被害を受けたにもかかわらず今年も開催されたが、その相馬野馬追にちなんで今回の活動を「野馬追プロジェクト」という名称にしようかという話も出たが、結局決まらなかった経緯がある。その後メールのやりとりの中で私が「野馬追文庫」ということばを使ったところ、以下のようなメールがWさんから届いたのだった。

「すてきですね。「野馬追文庫」ですか。決まりですね。これは、符牒なようなものでいいのかなと私は考えています。つまり、三人とそれを廻る人々の。「福島県南相馬市に点在する各仮設住宅群の集会所に毎月定期的に児童図書を送る活動、一カ所におよそ一〇〇冊を目指して」と一気呵成に知人に説明することはちょっと大変。『野馬追文庫』というのがあってねと言って説明する方がいい感じがすると思うのです。野馬追は南相馬で千年以上の歴史があるお祭りで、地震や津波や原子力発電所の事故があった今年もおこなわれてと説明するのにもいいようだし。山内さんが連載してくれている記事にもその名前がある方がしっくりとしてくるのではないかと私には思えるのです。だからロゴとか目立つことではなく、<あしたの本>プロジェクトではその方たちが良いように、受け取っていただく側はその方たちが良いように、名を付けていただければそれでいいと思うのです。

 『野馬追文庫』の名はOさんたちと話し合い、了承がもらえれば、山内さんが発してくれたように、『野馬追文庫』に決めたいと個人的に思っています。いかがでしょうか?ただこれは送る方の名称で、各仮設住宅自治会や集会所でどのように呼んでいただいてもまた呼ばなくても良いとは思うのです。さて、これは自戒です。

 現地で困難に押しつぶされそうになっている方々やその困難に立ち向かおうとしている方々(支えている方達を含む)に出会うと、なんとかしたいという思いが先に立ってきます。しかし、力は限られているのが現実です。『野馬追文庫(仮称)』の重心は
一、子どもたちとその子どもたちを廻る大人(親御さんや祖父母の方だけでなく他の家庭の子どもたちを宝物のように思ってらっしゃる仮設住宅に住む方々)たちに向け、
二、継続して
三、児童図書を送るということだと思います。

いろいろなことがあって途切れることはあるかもしれないけど、できるだけ途切れず送り続けるということが重要なテーマだと思うのです。ですので、もちろん冒険することも必要な時は来るかと思いますが、無理なく送る(現在もKさんは「無理をしながら」財政的にも人的にも大変なやりくりをされていると思いますが)ということは大変重要なことと思います。ですからKさんもまた山内さんのおっしゃるように、二冊を目標に着実に増やして行くことに賛成いたします。私はいろいろ悩ましい発言をこれからもするかも知れませんが。」

 メールの中に出てきた<あしたの本>プロジェクトとは、今回の支援について財政的な支援をして下さるプロジェクトでJBBYのKさんとのつながりで資金を援助して頂いている。この「東日本大震災 被災地支援活動 子どもたちへ∧あしたの本∨プロジェクト」は「社団法人日本ペンクラブ(PEN)」「財団法人日本出版クラブ(JPC)」「社団法人日本国際児童図書評議会(JBBY)」「財団法人出版文化産業振興財団(JPIC)」の四団体が今年の五月に発足させたもので、絵本・児童文学作家の「被災地を応援するメッセージや直筆画」を入札で販売したりして資金を集めている。

 Kさんの試算では「ものすごく乱暴な計算で、しかも今の仮設住宅の数のまま、あと八二冊を二四カ所に送ると、二〇〇万円くらいお金がかかるんです!Wさんがおっしゃってた「将来的には五〇箇所」は、目が回っちゃう。∧あしたの本∨が、今後どれだけの予算をここにくれるかは、正直私にもわからないのです・・・・。一回一回やれることを、と今は思っていますが、保健師のOさんが、子どものいる仮設だけにしましょうかと、前にちょっと言ってくださっていたことがありました。絵本などは大人も癒されるものですので、可能ならどこにだって届けてあげたいけど、限界はきっとありますね。一回一回相談させてください。」

 一一月以降に送った本

 一一月に送る本の選定に当たってKさんから『ゆらゆらばしのうえで』(きむら ゆういち作、はた こうしろう絵、福音館書店)と『きつねにょうぼう』(長谷川摂子再話、片山健絵、福音館書店)はどうかという打診があったとき「『きつねにょうぼう』良いと思います。もう1冊は、この間の立川での話に出ていましたが、センダックの『あなはほるとこおっこちるとこ』(ルース・クラウス著、モーリス・センダック絵、わたなべしげお 訳、岩波書店)でも良いかと思います。私は『うさぎさんてつだってほしいの』(シャーロット・ゾロトウ作、モーリス・センダック絵、こだまともこ訳、冨山房)が好きなのですが・・・。」という私のメールにすかさずWさんから「山内さん。私も一番好きなセンダックの絵本は、足の長い、格好良い、一生懸命助言して、受け入れられないでも気分を害さず落ち着いて、次の助言をまた考える、ソーシャルワーカーの鏡のようなうさぎが出てくる『うさぎさんてつだってほしいの』です。この本を見ては人を援助するとはこういうことなんだと何回学ばせてもらったことだろう。謙虚になれます。『あな‥』は二人でふとんに潜り込んでじっくり時間をかけて読みたいですね。『つぐみのひげのおうさま』も好きだけど。『うちがいっけんあったとさ』も声に出して読むとなおさらすてきですよね。仮設住宅が終わりになって、それぞれに次の住まいに思いを馳せる時期に良いですね。現状の南相馬を考えると『うさぎさんてつだってほしいの』ですかね。『きつねにょうぼう』もすてきだなー。家族を亡くした子らにゆっくりと語りかけたい良い絵本ですね。暖かい色使いの、力強い絵でしたよね。出版されたのは私が図書館から異動(一九八五年)してからあとですよね。選書会議で話した記憶がないから。ちらっとどこかの書店で見たはずという感覚です。『ゆらゆらばしのうえで』は残念ながら私は知りません。二七年離れた図書館員にはついていけません。私が思うのに『きつねにょうぼう』と『うさぎさんてつだってほしいの』の二冊です。たぶん受け取る保健師さんたちも見てくれていると思います。だから一一月からゴム帯で止めて、受け取る人や運ぶ人が見やすいようにして送りませんか?表を交互にして。」
Kさんからのメールでは「ちなみに私はセンダックは『あな・・』よりちょっと早く出た同じ作家コンビ・訳者・出版社で『うちがいっけんあったとさ』が好きです。うちの息子が大好きだった絵本です。でもこの本は、大好きだった自分のおうちがなくなってしまったり、あっても大好きなうちに住めない状況の今は、やめたほうがいいですね。選んで購入して送った本、気がついていらしゃるかどうかわかりませんが、今まで送った本は皆日本の作家さんによる作品でした。今回センダックが初めて、翻訳本です。」ということで一〇月はこの二冊を送ることになった。

 Kさんからは『うさぎさんてつだってほしいの』について次のようなメールも届いた。「発送作業していたら、事務局長のTさんが、私実はこの絵本が大好きで、選んでくれてありがとうっていわれました。あの∧うさぎ∨の絵・表情、存在、女の子をナンパしてるみたいともいっていました。ともあれセンダックの「心理」を絵にする力のすごさ!」

 一二月に送る本については読み応えのある本をという意見が出た。ボリュームがあって「大人も手に取るような。男性の大人の方の多くの人は暇を持て余しているような感じもします。夜に仮設住宅を訪ねると、何もできないつらさ、をよくお聞きします。」そこで『二年間の休暇』(ジュール・ヴェルヌ著、 朝倉剛訳、太田大八絵、福音館書店)はどうかということになった。『二年間の休暇』には上下二冊の文庫版もあるが古典童話シリーズの分厚い一冊本の方が良いという意見がまとまった。「ちょっとお高いですが、クリスマスに向けて奮発しましょう。」そしてお正月を迎えるに相応しい日本の昔話から「かさじぞう」の紙芝居(松谷みよ子作、まつやまふみお絵、童心社)を合わせて送ることになった。

Wさんの現地からの報告

 読み聞かせした所、各仮設住宅群の集会所八カ所。のびっこランド(水曜日一六時から)。南相馬中央図書館児童室。集会所では、紙芝居を中心に読みました。『おけやのてんのぼり』『しりなりべら』『丹下左膳』。『しりなりべら』が受けました。しかし、それ以上に『丹下左膳』が受けました。以下、詳しくはのちほど。小さい子どもたちには『ノンタンおねしょでしょん』『ぐりとぐら』『おおきなかぶ』。学校があり、小学生以上は参加がありませんでした。『たけのこめがでた』の歌踊り。ちょっとした体操にもなります。素話し『おじいさんが山で草を苅った話し』これは短いお話ですが、ある所では、一度に三度も受けました。お二人にも聞いてもらいたいです。いつかきっと。二カ所は折り紙などで出番なし。でも、サロンが終わった後で、私に「紙芝居楽しみにしていたのに」と言ってくれた方がいました。今度かならずと約束しました。「のびっこランド」では、五人の子どもたちが聞いてくれました。『おけやのてんのぼり』『しりなりべら』前者がより受けました。それは南相馬図書館でもおなじ。『たけのこめがでた』の歌踊り。素話『くらいくらい』『おじいさんが山で草を苅った話し』。絵本『ノンタンおねしょでしょん』『ぐりとぐら』『おおきなかぶ』『てぶくろ』その他二冊。忘れてしまいました。『けんちゃんとねこはかせ』『だいくとおにろく』は限りがないので次回にということになりました。子どもたちは興奮していました。図書館では、図書館から本を借りて、『ジャイアント ジャム サンド』『ノンタンおねしょでしょん』『ぐりとぐら』。紙芝居二冊。素話『くらいくらい』子どもたち六人と大人四人ぐらいだったです。楽しかったです。
以上、とりいそぎ。(九月二五日から一〇月一日の南相馬での読み聞かせ報告)

 各仮設住宅では一〇カ所で読み聞かせをしました。また、学齢前の発達障害を持っている子どもたちの通所施設「のびっこランド」でも読み聞かせをしましたし、土曜日はすてきな南相馬中央図書館で読み聞かせをして帰ってきました。また、お昼に鹿島保健センターの待ち合いのソファーではお話しを二つしました。

 仮設住宅で最も受けたのは『かっぱのすもう』です。絵を見て笑い、話して笑ってくれと、おじいさんやおばあさんから大受けでした。子どもたちは学校が始まりあまりいませんでしたが。
『ぐりとぐら』も楽しんでくれました。即興の歌が良かったみたいです。

 東京子ども図書館で仕入れていった『うた遊びの本二』(たしかそういう題名)の「タケノコめがでた」の即興うた踊りは、リクエストがあり一カ所では何回もしました。最後がじゃんけんですので。その本はTさんという若い、最高のグループワーカーとなっているケアーワーカーさんが興味を示していたので、差し上げてきました。その遊びは、水曜日の四時から訪れた「のびっこランド」の子どもたちに、もう一つ!とせがまれて、即興ででっち上げたものです。ぱっと開いたのがそのページだったので歌って踊ったら、子どもたちがのってくれたので、次の日集会所でためしてみたのです。そしたら、金曜日に昨日やったタケノコ一回ではなく三回はやってとケアーワーカーさんに要望を受け、みんなで踊り歌いじゃんけんをしたのでした。(九月二一日)

 鹿島保健センターが避難所から本来の業務へと移行しました。今、幼い子どもの、たとえばポリオの、予防接種を行っています。赤ちゃん向きの優れた絵本やぬいぐるみなどが全然ない状態です。原町保健センターに送られたような感じもの(私はいそがしくてまだ拝見してはいませんが)がありましたら、送ってあげてほしいと思うのですが。『いないいないばあ』(瀬川さんの)とか全くないのです。鹿島保健センター(私たち仮設住宅をめぐるスタッフの昼食を食べる小さな控え室があります)を訪れている乳幼児とのその親の姿を見るにつけ、放射線が発生している中での子どもを育てる、ともにその地で生きる思いが、いかばかりかと思えてなりません。鹿島保健センターでのストーリーテリングは適当な本がなく、手持ちもなかったために、急遽『くらいくらい』と『がらがらどん』を行いました。近所の仮設住宅に住んでいると思われる小学校六年生の女の子とその弟の小学校一年生の子でした。でもお昼になんであの子たちがいたのだろう。金曜日なのに。不安。(九月二二日)

 月曜日の午前中に一緒で、午後から別のサロンに行ったケアーワーカーさんが集会所にあった『かっぱのすもうを』を南相馬の言葉で上演したそうです。一緒に行った友人の生活保護ワーカーから聞いた話ですが。やったね。狙いどおりです。(一〇月四日)

 今日は立川駅を発つ前にいつぞやの立川図書館に行き、紙芝居『へっこきよめ』(教育画劇)と『うなぎにきいて』と絵本『じゅげむ』を借りようとしました。あいにく立川市在住在勤在学の人でないと借りることができないとのことでした。明日のグループワークに間に合わないので(南相馬中央図書館から借りることができないので)訳を言って頼みました。するとお貸ししましょうと言ってくれました。それでどういうことをやっているのか、どういったことが立川市の図書館で支援出来るのかを帰ってから聞きたいから連絡先を教えてと言ってくれました。山内さんが作ってくれた小冊子をお渡ししてお礼を言って立ち去りました。このように人の世は善意に満ちあふれているという思いを新たにしました。『うなぎにきいて』は貸し出し中でした。お花茶屋図書館のSさんが大阪の言葉だからWにはぴったりではと薦めてくれました。『へっこきよめ』も篠さんのお勧めでした。明日から、謙虚に耳を澄まし、活動をしたいと思っています。(一〇月二三日)

 『サロン活動』(各仮設住宅群の集会所でのグループ・ワーク)に参加しての第一感は、被災され『サロン活動』に参加されている皆さんがお元気だということでした。あの方この方と気になっておりましたが、しっかりと生き抜いておられます。それはまずご自身たちの努力があると思います。それとともに、看護師さん保健師さん、ケアーワーカーさんや生活支援相談員さんなど『サロン』や仮設住宅、借り上げ住宅に関わっておられる方々の懸命の支えが着実に実を結んでいるのだと感じました。なんというスタッフの方たちなのでしょう。毎日の途方もない繰り返しをよくこれだけやってこられていると感激しました。

 読み聞かせの報告です。午前中の西町第一という仮設住宅群では、予定された集会所前での野外ミニコンサートが雨のため急遽鹿島保健センターのホールでおこなわれました(西町第一集会所の前にあるそして鹿島保健センターの横にある特別養護老人ホームや西町第二集会所の方たちと合同で)。その後、集会所に移動してサロンが行われた関係で、落ち着かないので読み聞かせはやりませんでした。無理はしないことが大切と思ったのです。
今日は南相馬は晴れ上がり気持ちの良い日でした。明日朝は少し寒くなるとか。(一〇月二四日)

 今日もまた最初に感じたことそのままでした。『サロン活動』にこられている方は元気におなりだし、地元の様々なボランティアのサークルの方々や個人の方々が活躍されています。今日は手芸サークルが大活躍。また、原町区にお住まいの人たちも励ましに訪れられていました。私は手芸が終わった方の肩をおもみし、『へっこきよめ』を読んで気分を変えてもらい、『たけのこ芽が出た』で身体を動かすということを少ししただけです。手芸を終えた方が「終わりましたよ。ねえ、せんせい(私のこと)」とマッサージを催促されました。そこで、それまで熱心な手芸を眺めてお話をしたりしていたのですが、肩をお揉みし始めました。私のサロンでの役割は、変わりなく今月も集会所に顔を出したことと気分を少し変えるというものに変わっているのです。楽しかったです。

 のびっこランドでは今日は六人の子どもたちに絵本の読み聞かせとお話をしました。ある子は「Wー」と私の名前を叫んでいました。まずはリクエストされ『くらいくらい』を。みんな聞いたことがあり安心て怖がっていました。その後、先月からの約束の『けんちゃんとねこはかせ』一五年ぶりのぶっつけ本番です。『しっぽ』。休憩のために『たけのこ芽が出た』でじゃんけんをし、『三びきのやぎのがらがらどん』『ねずみくんのチョッキ』。リクエストが続きます。『だいくとおにろく』も先月からの約束だったのですが、時間がなく(お迎えの時間が迫ってきてました)途中まででいいと聞いて「うん」と言ってくれたので鬼が出てくるまでを。その後、持って行った絵本(読んだ本以外は『じゅげむ』『ノンタンおねしょでしょん』『一一匹のねこ』『おおきなかぶ』『へっこきよめ』)を自由に手にしてもらい終わりました。次こそ『だいくとおにろく』を。

 七月に絵本の読み聞かせを聞いてくれた子が、すっかり本が好きになり、一人で絵本を見る中で、ひらがなが読めるようになったとのことでした。うれしいです。(一〇月二六日)

 『じゅげむ』について

 「午後の寺内塚合仮設住宅集会所では、室内でのコンサートだったので、紙芝居『へっこきよめ』を読み皆で大笑いしました。その後『じゅげむ』を読みました。はじめは時間が押しているし紙芝居だけと思ったのでした。絵本を読んでから、紙芝居だけの方が良かったと後悔しました。皆さんは笑ってはくれましたが・・・。あまりに紙芝居がうけたので欲張ったのです。送られて来ている本を紹介したいという思いが強かったのです。絵本の読み聞かせということからしては不純な動機でした。微妙な変化の違いかも知れませんが、私は余計なことをしてしまったと感じたのでした。紙芝居のあとで絵本という逆の順番ということもあったし、私が読みこなしていなかったということもありました。読むことに必死で聞いてくれている人の目をしっかりとは見ていませんでした。プログラムもその後も押せ押せだったということもあったのだと思います。少し慌てて読んだかも知れません。それで私の焦りも聞いてくれている人に影響したと思います。そういうことを棚に上げてのことですが、『じゅげむ』を読んでいていま感じていることを正直に書きます。間違っているかもしれず、そうなると恥ずかしいですが。数人の子どもの前で読む(それが『野馬追文庫』の目的です)には良いのだけど、全て大人の方たちを前にして読むのはちょっと伝わりが鈍いと感じました。読んでいて、山上憶良が出てくるところを端折りたいと思いました(焦りかも知れません)。また、じゅげむの名前を繰り返すことが大勢の大人の前では一番の面白いところなんだと思うのです。近所のおばさん→母親→父親と二カ所が落語の説明で省略されている、そこのところを、今度読む時には、名前をそれぞれに特徴を持って、二回読みたいものだと思いながら読んでいました。四〇人近くの大人を前にして読んでいての率直な感想です。一人で絵本を見る時、繰り返さない方が活字を追うのには良いのかも知れません。小さな少人数の子どもたちに対してもそうなのかも知れません。対象や読み聞かせの状況でたいそう変わってくる絵本なのではないでしょうか。活字のサイズを変えるとか、場面を増やすとか、どうにかしてあの面白さを表現出来ないのかと思っています。今後『じゅげむ』にまたトライして、もう一度考えたいと思います。ですが『じゅげむ』は子どもへの愛情が素直に出た良い絵本という山内さんのご意見はそのとおりと思いました。何回か下読みをしていて強く感じました。また読み聞かせをしていてもそれは感じることができました。とりわけ前半の「子宝」の所の前までにそれは十分伝わってきました。転調が少し長いのと、三回の名前の繰り返しが一回になっているのが、もったいないな~と思いました。
お二人の忌憚のない意見をお聞かせください。」

 「Wさん、報告ありがとうございます。『じゅげむ』は最近、幼児番組などでも取り上げられ、学齢前の子どもでも名前を諳んじているくらいですので、どうかなと思いました。またこの本を通してお年寄りと子どものコミュニケーションが良い形で生じればという期待もあります。高齢者施設でも良くやりますが、バカ受けはしませんけれど皆さん良く聴いて下さいます。絵本を読む場合には紙芝居よりも一層その場の雰囲気や状況が大きく左右します。さらに読み手の心の持ちようでうまくいったり、ギクシャクしたりするのも毎度のことです。全体のプログラムがどんな物だったのか分かりませんが、コンサートということであれば、皆さんの主な期待はそちらの方にあったのかもしれません。おっしゃるようにこの話のおもしろさは、名前を繰り返すところだと思いますので、必要に応じて、またその場の雰囲気によって何度でも名前を繰り返して良いと思いますし、落語がそうであるようにその場その場で加えたり削ったりしてもよい絵本なのでしょうね。今手元に絵本がないのですが、今度高齢者施設でやってみようと思います。」(山内の返信)

丹下左膳について

 「お花茶屋図書館のSさんやRさんに紙芝居が受けてと報告して、また腹を抱えるやつを選んでとお願いしたら、山内さんがすごくうまいからWもやってみたらと言うので『黄金バッド』や『丹下左膳』も借りていったのです。あと『しりなりべら』と『おけやのてんのぼり』も。高齢者が多い「サロン活動」では、『しりなりべら』がうけましたがそれ以上に受けたのが『丹下左膳』でした。宝壷の卷第五巻というものでした。読んだあと、地元の、経験が豊かそうなSさんという生活支援相談員さんが「Wさん、相馬に丹下左膳の墓があると思う」と言ってくれたのです。はっきりとはわからないので調べてみるとのことでした。午前中のサロンが終わる一二時頃話したのです。三〇分経つか立たないうちに電話が入り、丹下左膳は架空の話で墓はないが石碑があるとのことでした。津波でどうなったかわからないとも言っておられました。岩子(いわのこ)字長谷地というところにあるそうです。宇多川が流れ込む、松川浦の内側の浜です。五月路線バスに乗った時はその遥か手前の国道六号線のバイパスを少しこえたところでバスはUターンしました。コンビニの前の道路に大きな漁船が横たわっていました。それから先は行けなかったのです。水が周りを浸していました。サロンのケアーワーカーの方に岩子が地元の方がいて、聞くと石碑は巨大なもので津波に堪え残っているとのことでした。回りにあった岩などは流されてしまったが。小説か映画が相馬藩の家臣という設定なのだそうです。さて、そこで、丹下左膳の続き(宝壷の卷第六巻)はあるのでしょうか。「次巻に続く、またのお楽しみを」と言ってきたのですが。Sさんに聞くと単発で五巻だけが出たのではないかとのことでした。もしなければ、手塚治虫さんの『こけ猿の壷の巻』や大河内伝次郎の『丹下左膳余話 百万両の壷』を参考に作ろうかな。絵はだめですが、シナリオは何とかなるのではと思っているのですが。巨大プロジェクトですが。月に一巻ずつ二年がかりで。Sさんは無責任にも「作ったら」と言ってけしかけます。」

 現在は来年の一月に何を送るかを検討している。「野馬追文庫」の活動について、Wさんが次のようなメールをくださった。「自ずと三人の役割が決まってきましたね。実務のKさんを中心に山内さんの広報と私の現地報告と。三人で本を選ぶのは怖いけど面白いです。生活保護などをめぐり厳しい状況にありますが、『野馬追文庫』は私にホッとするこころのゆとりをくれています。たぶんOさんたちもですよ。」


横浜漢点字羽化の会発行「うか」に連載