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野馬追文庫(南相馬への支援)六

山内薫(墨田区立あずま図書館)

 実は、昨年の暮からWさんとの連絡が途絶えている。葛飾図書館の知り合いに問い合わせなどしたが体調を壊しているようで、一切の連絡が取れないまま現在に至っている。現地報告という要を失って時折寄せられるRさんのメールが唯一の手がかりとなってしまった。一日も早いWさんの復帰を望んでいるが、毎月一一日に本を定期的に送り続けねばならず、何とか福島の声を反映しつつこの事業を続けていければと考えている。

 そんな折、前回レポートしたKさんの福島での講習会に参加して下さった本宮市の図書館に勤務するYさんに、Kさんが白羽の矢を立てた。

「バリアフリー絵本展などでお世話になり、自分の考えをしっかり持っておられる福島県本宮市立図書館のYさんという児童図書館員の方にご意見をうかがわせてほしいとお願いしてみました。Wさんの才能は稀有で、戻ってくださることを切望しますが、しばらくは、何とか現地の声にも触れる条件を持ちながら彼の意思をつないでいければと思います。彼女もまた大変誠実で、自分の意思と考えのある図書館員です。三月一一日直後は、心配でならないほど動揺し苦しんでいた被災者のお一人でもあります。」

 KさんとYさんの間には定期的なメールの交換があったようで、Kさんが今までの経緯を説明した上で、ある絵本の評価について意見をYさんに尋ねたのだった。その絵本というのは『あさになったのでまどをあけますよ』(荒井良二著 偕成社)で、絵本作家が今回の震災を期に描いた絵本である。この絵本を南相馬の仮設住宅に送る候補にするかどうかということになり、Kさんから次のような意見が寄せられた。

「私もこの絵本は素晴らしい絵本だと思います。宮城や岩手の人には躊躇なくお送りしますが、土や山や風景そのものをそこにあってももう戻れない、奪われてしまった南相馬の仮設に住む人たちには・・・。(南相馬は近隣の警戒区域からの移住者が多い)迷ってしまいます。」

 私はどちらかといえば推薦する立場で下記のような印象をメールした。

「いろいろな状況や立場におかれている人それぞれが享受して欲しい感覚(ランボーの初期の詩にサンサシオンというのがあって、その感覚に近いもの)をこの絵本は持っているように思いました。 『自分たちの家や風景を思い出す』というようなことでは
なく、今のあるがままの状況の中でいろいろな情景をそれぞれイメージできるのではないでしょうか。」

 これに対してYさんは次のような意見を寄せられた。

「これはちょっと難しいのでは?というのが第一印象です。内容はさておき、対象者は?と考えたときに、これは絵本の形をとっていますが、この絵本の本当の意味を幼い子どもが理解できるでしょうか?ということを最初に危惧しました。福島だからということではありません。どこにいても自分の住んでる町や村の良さをいつまでも持ち続ける感覚というのは、原発事故後も南相馬の人も変わらないと思います。ですから、大人が読むにはいろいろと考えさせられる本なのでしょうが、子ども達にそれがわかるでしょうか?」また、「私個人の意見だけではなんなので、図書館でボランティアをしていただいているかたにあの絵本を見てもらいました。以下は、その方の意見ですので、参考にしてください。この絵本に書いてあることは、今福島にいる大人・子どもすべての心のうちにあることです。この本を読んでいるとその苦しい心の内を引きずり出されるような感じがして、自分はこの本を子どもには読んであげられない。今読みながらでも涙が出そうになった。こうした絵本は、福島でよりももっと首都圏の方にみてもらい、被災地の人がこんなふうに感じていると理解してもらう方に使ってほしいと思う。福島の子どもには、読んでいて楽しくなる、子どもも声を出して笑えるような希望のある絵本の方がよいのではないか。以上です。彼女は読むとすぐにこれは震災の本だということが、わかったようです。作者の荒井さんの本もよく読んでいて、今回は震災の本なのでいつもの荒井さんの本らしくないシリアスな本ですねといっていました。でも、子どもに読んであげるなら、いつもの荒井さんの絵本のような笑える楽しい内容がよいともいっていました。」

 結局この絵本は候補から外すことになったが、Yさんはこの支援プロジェクトに参加して下さることになり、次のようなメールを下さった。

「私は1年前のあの震災のときにふとグリムの昔話『忠臣ヨハネス』というお話がふと頭をよぎりました。ご存知かもしれませんが、主人公の忠臣ヨハネスがあらゆる苦難を引き受けて、恩義ある父王の遺言を守り、息子の王子を助けてゆく話です。後半では、自分の命と王子の命とを秤にかけなければならない究極の選択を余儀なくされる過酷なお話です。あの未曾有の大震災の中にいて、あの話を思い出すことができて、私自身が、人間としての尊厳を守ることができたのではないかと今になると振り返ることができます。人間は、苦難の中にあるとつい憎しみや恐怖で我を忘れてしまいますが、困難をあえて引き受ける覚悟をもつことが必要だと忠臣ヨハネスは私に言ってくれたような気がします。このような経験からも、私は人は自然に物語の中にある力を自分の生きる糧として生きることができると考えています。本やお話の中にある力、そして子ども達の力を信じて頑張りましょう。」

 そこで今までの経緯や南相馬への支援の原稿を送って読んでいただいた。しばらくして届いた手紙には次のように記してあった。

「同じ福島といっても、私の住む中通り地方と南相馬のある浜通り地方では状況が全く異なると思います。ただ、福島第一原発事故により、これまでの生活や価値観が一変したことは間違いありません。ここ本宮町でも、母と子だけが県外へ避難して、バラバラになっている家族がいます。一見何の影響もないように見えても、これからの未来を考えた上で、福島に残った子ども達にも長期にわたる苦難がついて回るかもしれません。このような負の遺産を背負うであろう子ども達に大人が何かできることがあるとすれば、『苦難を乗り越える力』育むしかありません。私は本がその力を与えてくれるものと思っています。そうした意味でも『忠臣ヨハネス』が頭をよぎった訳です。力不足ではありますが、少しでもお役に立ちたいと思います。よろしくお願いします。」

 このようにして新たな仲間が増えたのだった。

 ところで、野馬追文庫という名称を考えた時から何かロゴが欲しいという話があったのだが、Kさんが候補を見つけて下さった。
「野馬追はテレビでしか見たことがないのですが、イメージが乾千恵さんの書『馬』にぴったりくるのです。福音館書店の『月人石』の馬という字を時間があるときに見てください。この本二〇一一年世界のバリアフリー絵本展に入っていますので、乾さんとも連絡が取れます。」

 その絵本『月 人 石-乾千恵の書の絵本』(乾千恵・書 谷川俊太郎・文 川島敏生・写真 福音館書店二〇〇三)の表紙は乾さんが左手に太い筆を持ち、左から右に向かって文字を書く写真が使われている。乾さんは右手がうまく使えないために左手で書く書家で、すでに何冊かの本を出版されている。この横長の絵本は、見開きの左ページに乾さんの書、右ページに川島敏生の写真が配され、その写真に谷川俊太郎の詩が載っている。件の馬の場面には四本足でしっかりと大地を踏みしめたような烈火の上に疾走するたてがみのような馬の三画目と四画目が印象的な乾さんの「馬」という書があり、右ページには横長の画面一杯に、はみ出すように走る馬の写真が載り「いのちははしる どこまでも」という詩が印刷されている。 
 「乾千恵さんは、ユニークな書をかいてきました。「馬」であれば馬が疾走するような文字になり、「遊」であれば人々が楽しげに踊っている文字になり、「山」であれば樹木の葉ずれや鳥の囀りが聞こえ「梟」であれば目の輝きと風の音が聞こえます。「月」は笑い、「石」はしゃべり、「音」は音楽が聞こえていました。」(司修『乾千恵画文集 7つのピアソラ』(岩波書店 二〇〇六)に寄せて)という表現がぴったりで、この馬の字を使わない手はないと思わせるのだった。

 この馬という書をバリアフリー絵本展などでKさんとつながりのある福島市にある「デザイニングマーブル」という会社に依頼してデザインを考えて頂いた。いくつかの候補を検討した結果決まったのが図のようなシールである。幸い書家の乾さんからも福音館書店からも使用許諾をもらえることになった。シールは本に貼る三センチ×四センチの小さいものと包装に貼る十センチ四方の中くらいのもの、そして箱に貼る二一センチ四方の大きいものの三種類作成された。

 五月には紙芝居の『へっこきよめさま』(水谷章三 脚本、藤田勝治絵、童心社)と野馬追文庫のロゴに用いた『月人石-乾千恵の書の絵本』の二冊にそれぞれ野馬追文庫のシールを貼って送った。それに対してRさんから下記のようなメールが届いた。

「ただ今、野馬追文庫が届きました。野馬追のロゴ、とても素敵ですね。”雄大な力”を感じます。サロンの時でも皆さんにお話したいと思います。ありがとうございました。R」

 ちなみに四月に送った本はYさんから推薦のあった『わたしとあそんで』(マリー・ホール・エッツ作・絵、与田凖一訳、福音館書店)と『みどりいろのたね』(たかどの ほうこ作、太田大八絵、福音館書店)の二冊、六月は『おじさんのかさ』(佐野洋子作・絵、講談社)と『シャーロットのおくりもの』(E・B・ホワイト作、ガース・ウィリアムズ絵、さくま ゆみこ訳、あすなろ書房)の二冊を送った。この時点で仮設住宅は三四箇所に増え、六月分は三四冊ずつ送り、増えた六箇所には五月に送った紙芝居の『へっこきよめさま』の他、エリック・カールの寄贈絵本九冊の「カールさんセット」を取りあえず送る事になった。

 紙芝居の『へっこきよめさま』を新たな仮設住宅に送ったのは、KさんとRさんの次のような電話でのやりとりの報告があったからだ。「五月分は馬のロゴが新しくなったので、それをサロンで紹介しながら、袋から本を取り出して読んでくださったようで、とても楽しい紙芝居ですねとRさんの声が弾んでいました。サロンでとても楽しめたということです。うれしいですね。楽しいお話がいいですというRさんの言葉でした。朝の忙しい時間に電話してしまいましたが、いろいろとお話が聞けて参考になりました。ぶれずに、よい本を送り続けること、改めてそう思っています。」


横浜漢点字羽化の会発行「うか」に連載