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野馬追文庫(南相馬への支援)一

山内薫(墨田区立あずま図書館)

 七月二一日の夕方、あずま図書館の私の元に電話がかかってきた。

 「Wですが、覚えていますか?」

 三十年近く会うことのなかったWさんだが、すぐに名前も顔も浮かんできた。昔、江東ブロック図書館協議会児童部会という集まりがあって、一緒に調査を行ったり、東京の図書館の集会で共に事例発表を行ったことが思い起こされた。

 江東地区の図書館には、江東ブロック図書館協議会(足立区、江戸川区、葛飾区、江東区、墨田区の五区)という組織がかつて存在し、研究協議を重ねてきた伝統がある。この協議会は館長組織ではなく、図書館職員による組織として一九六四年に発足し、貸出、調査、協力という部会が活動していたが、一九七三年に四番目の部会として児童部会が作られたのだった。各区の図書館から児童サービスの担当者が集まり、当初は江東ブロック内の図書館の実態調査を行った。この実態調査の分析と検討を三年がかりで終えた後、一九七七年には当時江東ブロックにあった一八館で図書館に来館する子どもたちを対象にしたアンケート調査を行った。一週間のアンケート期間であったが、七千近い回答が寄せられ、その結果と分析を『子ども・本・としょかん』という報告書にまとめた。このアンケートをまとめる際に一緒に活動したのが当時葛飾区のに勤務していたWさんだった。

 Wさんは今回の東日本大震災で被災した南相馬市にボランティア活動で出かけているときに、元南相馬市の図書館員Hさんと出会い、Hさんとの話の中で私のことが話題になったという。Hさんとは東北で開かれた図書館関係の集会で何度かお目にかかって話をしたことがあり、たまたま図書館の話の中で私の名前が出たとのこと。それで電話を下さったのだった。

 南相馬市の図書館が休館中の中「現地で絵本の読み聞かせを二回行いました。一回目は福祉施設に通っている子どもたちに対して。二回目は隣の相馬市の図書館の児童室にて。一回目の子たちは次の日施設で面白かったとみんなに言ってくれたそうです。福祉施設での読み聞かせはこれで大丈夫そうです。二回目は子どもたちは拍手をしてくれましたが、図書館員からは「静かに読んでください」と読んでいる途中に注意を受けました。前日から許可を得ていたのにもかかわらず、途中で邪魔されたのが残念でした。たぶんここではもう読ませてもらえないと思います。(読んだ本=持っていった本。さんびきのやぎのがらがらどん・ノンタンおねしょでしょん・おおきなかぶ・ぐりとぐら・だいくとおにろく。一度には多すぎますが調査ということで5冊全てを読みました。)」

 彼がボランティアで行っている地域では、放射能の影響で子どもたちはバスで学校へ登下校しており、家に帰ってきても外で遊ぶことを禁止されている状況で、母親たちも子どもたちを安全な地域に避難させてあげられないという負い目を強く感じており、そうした母親の話し相手にもなっているという。話の中で日本ユニセフ協会が行っている被災地に子どもの本を送る活動「ちっちゃな図書館」のことなどを話すと、仮設住宅などに絵本を送ってもらえないかという要望を受けた。実は今回の大震災の被災地、石巻と東松島に、それぞれ知り合いの図書館員と元図書館員がおり、連絡を取って避難所になっている小学校など十カ所あまりに四月始め、「ちっちゃな図書館」の活動を通して子どもの本を五十冊単位で送って頂いたのだった。

 早速、日本ユニセフ協会との仲介役をして下さってたJBBY(日本国際児童図書評議会)のKさんに連絡を取って支援を要請した。Kさんからはすぐに次のようなメールを頂いた。

「ぜひ応援したいです。ユニセフはもちろんだいじょうぶでしょうが(確認します)、周辺では他にもいろんな支援がありますので、あわせて考えていきましょう。」

 Wさんのメールアドレスを伺って私が出したメールに最初に頂いた返信には次のように記されていた。

「早速のお手配ありがとうございます。私の現地の状況から受けた印象から言うと、まずは出来たら読み聞かせに適している絵本が希望です。その後、子どもたちが自主的に集まって来たら、幼年童話、その後、ケストナーの本などが必要となるでしょうが。一度にではなく、継続した援助が見捨てられていない気持ちと勇気をくれます。私がしようとしている絵本の読み聞かせは、子どもだけが対象ではなくその親もまた対象にしたいと思っています。また本と子どもをつなぐということはもちろん願いますが、放射能が撒き散らされる中で、子どもを育てざるを得ない、親への相談や援助の糸口を作りたいということも願っています。昨日も電話でお話をしましたように、親は、放射能放出下で子どもを育てざるを得ないことで、まずは子どもにすまないと思っていて、そういう自分を情けなく思っていて、自由に外で遊ばせることが出来ない中、エネルギーを発散出来ない子どもが仮設住宅の薄い壁の部屋の中で騒ぐことに周りの方にすまないと思って生活をされています。その親(多くは母親)への援助や相談の糸口に子どもたちへの読み聞かせを利用したいというのが現在の私の偽らざる気持ちなのです。もちろん子どもたちに絵本を読むことはワクワクする面白さですが。」

また次のようなメールも届いた。

「現地での私の感想を言わせてもらうと、セットとして送るより、途切れなく、例えば「こどものとも」や「かがくのとも」が毎月送られるように送っていただけるのが良いのではと思います。東京でストックしていても結構なので、はじめに読み聞かせに良い絵本を十冊程度セレクトして送っていただくと助かります。私として入れてほしいもの(好みと取っていただいても良いです)。ぐりとぐら、さんびきのやきのがらがらどん、じごくのそうべい、しばてん、ふきまんぶく、だいくとおにろく、ながいはなしこしがへがな、いないいないばあ、もうねんね、ノンタンおねしょでしょん、ノンタンボールまてまてまて、ノンタンの誕生日(ノンタンシリーズはこの三冊以外は好きではないです)、てぶくろ、おおきなかぶ、ぽっぽーよぎしゃ、やこうれっしゃ、トリゴラス(トリゴラスはひねってはいますが、読んで、被災を受けた子どもたちがどういう反応を起こすのか見てみたい感じがします。慎重の上慎重に行いますが。怖いので、結局並べるだけで、しばらくは読み聞かせしないかも知れませんが)、幼年童話として、ふとんかいすいよく、もりのへなそうる、限られたスペースなので上記の本と同等の優れた絵本が一〇冊ていど欲しいです。少ない本を何回も何回もかわるがわる見る中で本が子どもや親の中で力を持ってくるという感じを私は持っています。たぶん最初に送られてくる本が二〇冊だと多すぎる感じです。何を読むか迷うというのでは多すぎるのだと思うのです。上記のリストもどきは現在の絵本の状況は知らず、三十年ほど前の記憶から、調べもせずに頭に浮かぶものを書いています。選書に力を入れてくれると助かります。その後一ヶ月に二~三冊ずつ定期的に送っていただけると子どもたちや親たちが「今月くるのは何だろう」と楽しみが出来ます。その生活の小さな楽しみが生きていく上で必要だと思うのです。自死を止める力があるのかも知れません。南相馬では原発建家が吹き飛んだあと、いっさい品物が入ってこず、商店が在庫を全て売り払ったあとは、商店は閉められ、二時間ぐらいかかる福島や、二本松、郡山に車で買い物に行くにもガソリンがないという状態が約三週間続いたとのことです。自衛隊にガソリンを分けてほしいと頼んでも指揮系列が違うと断られたと言っておられました。ですから、市民の中にはたぶん見捨てられたという思いがあると思います。ある医師は「南相馬は見殺しにされた」「報道も自主規制で人間が住んでいるのに入ってこなかった」

「このことを全国の人に伝えてほしい」と涙を浮かべ怒りながら訴えていました。ですから一時期に多量の本が送られることではなく、十冊ぐらいから初めて、月に一回何冊かそれが増えていくという喜びは、見捨てられていないという信頼や、生きていこうという希望につながり、優れた本の楽しさと相まって、子どもたちが本が大好きになるきっかけとなるものだと信じています。どうかセットではなくKさんや山内さんの仮設住宅で暮らす、母と子への読み聞かせに適切な「この十冊」という選書をお願いします。つまり選書にこもるメッセージが欲しいのです。」

 「ちっちゃな図書館」の支援は一度送ったら一応それで終了ということになるのだろうが、継続して絵本を送り続けること、その中にメッセージ性を含ませることを求められ、いわゆる義援金などの支援とは質の異なる支援が求められていることを強く感じるのだった。

 そこで現在ある仮設住宅群十二カ所。八月十五日までに開設予定が六カ所の計十八カ所に十冊ずつ計百八十冊をセットにして原町保健センター主任保健師のOさん宛に送ることになった。今回の本の発送に関しては日本ユニセフ協会の「ちっちゃな図書館」からではなくJBBYから送る手配が進められている。JBBYのKさんからWさん宛のメールには次のよう内容が記されている。

「○このたびは、現地の状況やニードを、届けていただき本当にありがとうございます。本をそろえ支援しますと声を上げることは簡単でも、現地の人の気持ちに沿った必要に応じた支援をすることは、本当に難しいことです。そこをつなぐ人の存在がどんなに貴重なことか。Wさん、山内さんのお力があってこそです。ありがとうございます。現地の様子をどうぞこれからも教えてください。今後も、本を用意し、お送りすることが私の役目、それを私にさせてください。今後ここの子どもたちを、本を通じて長く支援できたら幸いです。
○今、送付の準備には入っていますが、購入本の調達、仕分けの箱や袋(今新しく調達しています)、発送作業、急いではおりますが、これらは仕事の合間に行いますので、もしかしたら、八月七日には間に合わないかもしれません。その場合は、お許しください。(八月七日は次にWさんが現地にボランティアで行く日にち)
○昨日、保健センターに健診にくる子どもたちのための本は赤ちゃん絵本を中心に二〇冊ほどお送りしました。これはすぐに準備があったので送れました。保健センターは十ヶ月・一歳半・三歳などの健診を行っています。今半分ぐらいの受診率になっているようですが、私は同業者として、まだ半数近い子どもたちがそのままこの地にいることのほうに正直驚きました。その背景に、Wさんがお伝えくださったような状況があるんですね。
○このような災害の支援は、みなが初めてです(最後でもありたいと思います)どんな本がよいのかも手探りです。だから、そこに専門家はだれもいないとおもいます。現地の子どもたちの様子が何よりの答えだと思います。みなで探り、知恵を出し合ってやっていければと願います。」

Wさんからのメールには次のような状況が記されている。

「私の感じでは今後一旦逃げた人々が仮説住宅の建設で帰ってきます。七万人から一万人へ。いま三万五千人を超えました。六万人ぐらいまで回復するかも知れません。そうなれば、乳幼児はもっと増えてくると思います。」
 今後本当に息の長い支援が必要とされている。その後の経緯を次号でもお伝え出来ればと思っている。


横浜漢点字羽化の会発行「うか」に連載