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野馬追文庫(南相馬への支援)十四

点字から識字までの距離 九五
野馬追文庫(南相馬への支援)(十四)
南相馬の昔話
     墨田区立ひきふね図書館 山内薫

 二〇一五年二月八日(日)と九日(月)の二日間にわたって児童図書館研究会の全国大会が福島県福島市飯坂の穴原温泉で開催された。この大会に野馬追文庫の選書にご協力くださっている本宮市しらさわ夢図書館本宮市のYさん、福島県立図書館のSさんのお二人、また野馬追文庫を受けとってくださっている南相馬市のちゅうりっぷ文庫のJさんも参加された。
 児童図書館研究会は、一九五三年に東京周辺の児童図書館員等によって結成された会で、図書館員や子ども文庫関係者などが参加し、月刊の機関誌『こどもの図書館』(現在第六二巻六号を刊行)などを発行し、子どもの本や子ども図書館に関する研究会や講習会などを開催している。最近は毎年全国規模の大会を全国各地で行っているが今年は福島で開催された。
 初日の基調講演「読みあいで、物語を編み直す。何度でも。」は児童文学作家の村中李衣さん、その後分科会が「感じてみよう!読みあいワークショップ」(講師 村中李衣)、「子どもと本をつなぐブックトーク~基本と実際~」(講師 東京子ども図書館 張替惠子)、「三・一一と子ども」(トモエ文庫 草谷桂子)、「おはなし会を楽しくする工夫」(幼児教育家 藤田浩子)の四つに別れて行われた。懇親会(夕食)の後、午後の八時半から二時間三つの交流会がもたれた。第一の部屋は「たのしいおはなしとあそび 藤田浩子の部屋」、第二の部屋は「じっくり味わうむかしばなし 語りの部屋」、第三の部屋は「とことん話そう本・子ども・未来 何でも話そうの部屋」で、Yさんは語りの部屋、Sさんは何でも話そうの部屋に参加した。語りの部屋では四五人もの参加者があり、八人の方が八つのお話しを語った。その中に府中市から参加されたIさんという方が福島県いわき市小名浜のおばあさんから聞いたという相馬野馬追いの話があった。Yさんは翌日Iさんにお声かけしたところそのお話しの原稿を送って頂いた。以下Iさんのメール
「その時に語っておられた府中市のIさんの語りが印象的だったので、翌日お声掛けしたら、思いもよらず原稿を送ってくださるとのことで、以下のおはなしの原稿をいただきました。Iさんは、自分のおばあ様から聞いたお話を記憶を頼りに原稿に書きおこして、福島の方に聞いてほしいとこのお話を披露してくださいました。何とも印象深いお話で、しかも相馬野馬追の始まりというのですから、みなさんにご紹介しないわけにいかないと思い、メールしました。Iさんからも承諾をいただきました。多くの方に祖母のお話を知ってほしいとのことでした。私自身は自分の祖父母から昔話を聞いた経験がないので、Iさんをとてもうらやましく思えました。すてきな出会いがあり、本当に成果と実りのある学習会でした。」
 ちょうど、二月末にKさんとジネットの六名とが南相馬を訪れる機会があり、このお話を仮設住宅のサロンで披露した。

   一刻(いっとき)餅と相馬の野馬追い

 むかし、みやこの坊さまが諸国行脚の修行の旅に出かけました。
 磐城の国に入ったところで、日が暮れました。さがしさがして、やっと一軒の宿をみつけました。
宿のあるじは、
「こんな寂れたところへ、坊さまも難儀なことだ。腹もへっていることでしょう。これは、一刻餅といってこの宿の名物です。」
と言って、親切に餅を出してくれました。坊さまはありがたく頂戴し、床(とこ)につきました。
 さて、朝になると坊さまは目をさましましたが、自分の身体がおかしなことになっているのに気がつきました。なんと!馬になっていたのです。
 そこへ宿のあるじがばくろうを連れてやってきて、坊さまは売られてしまいました。坊さまのわずかばかりのお金も荷物も着物も全部とられてしまいました。
 市で売られた坊さまは、身体(なり)は馬でも心は人間だもの毎日が辛くて辛くてたまりません。どうしたら人間にもどれるかと思案しながら、元に戻りたい一心で泣く泣く暮らしておりました。
ある日のこと、「一刻餅を食べて馬になったものは、もどり草を食べると元の人間に戻れるそうだ。」と言ううわさを聞きました。坊さまは、何とかして元に戻ろう、仇(かたき)をとってやりましょう、とスキを見て逃げ出し、風の便りをあてにさがしさがして、やっともどり草の生えているところへたどり着き、もどり草を食べて人間に戻りました。
 裸でふるえていると、親切な人に着物をもらいました。何とか工面してお金をつくり、さて仇を取ってやりましょうと出かけていきました。
 坊さまは、素知らぬふりで前と同じ宿に泊まりました。また餅が出されました。が、坊さまは食べたふりをしてこっそり餅をふところに仕舞い、「もう一晩やっかいになりたい。今夜は疲れたので早々に休みたい。」と言って、眠ったふりをして様子をうかがいました。
すると、宿のあるじは家の一番奥の部屋に行き、箪笥の前で立ち止まりました。そして、一番上の引き出しを開けました。そこでは、田起こし・代掻きが行われていました。しばらくすると、二番目の引き出しを開けました。そこでは田植えが行われていました。またしばらくすると、こんどは三番目の引き出しをあけました。そこでは、稲穂が実り頭(こうべ)を垂れ金色にひかっていました。最後に四番目の引き出しを開けると、稲刈り・脱穀がおこなわれていました。あるじは、できたコメを取り出すと、蒸して、臼と杵で餅をつき始めました。かかった時間はちょうど一刻(いっとき)、今の時間で2時間くらい。
 「ははぁん、それで一刻餅といったのだな」坊さまは心の中でつぶやきました。
 翌朝早くに、まだ誰も起きていないのを確かめると、坊さまは、町に向かいました。そして、菓子屋を捜しだしました。菓子屋にふところの餅を取り出し、「これで菓子を作ってもらいたい。けれど、残りは決して食べてはいけない。必ず捨てるように」とかたく言いつけました。
 しばらくして出来上がった菓子を持って宿へ帰った坊さまは、世話になったお礼にと菓子を差し出しました。宿のあるじは、おかみさんと子どもを呼び、喜んで菓子を食べました。
 するとどうでしょう!なんと三人とも馬になってしまいました。牡馬に牝馬に仔馬が一頭ずつ。
坊さまはばくろうをよび、三頭を市に連れて行くように頼みました。そして、取られてしまった自分の着物と荷物とおかねを取り戻しました。そしてまた旅を続けました。
 ばくろうにひかれて三頭が市につくと、元は人間で馬にされたものたちが、たちまちこれに気づきました。元人間の馬たちは馬の仕事を嫌ったので、またすぐに市にもどされていたのです。元人間の馬たちは怒って手綱を振り切り三頭に襲いかかってきました。三頭の馬は慌てて逃げ出しました。怒った馬たちはずーっとおいかけていきました。追いかけられて、三頭の馬は逃げて逃げて逃げて、相馬までやってきました。
 それから、相馬の野馬追いがはじまったということです。
 このおはなしは 福島県小名浜の在で育った 祖母から聞いたものです